何人かの画家が同時に目の前の海を描いても、出来上がった絵はそれぞれ違い、個性が出るものです。作曲も同じで、同じ海をテーマにした曲であっても、作曲家が自身の心のフィルターを通して、海の何を引き出すかによって出来上がる曲は変わってきます。
ドビュッシーの音楽はよく心を慰めてくれると言われます。私はドビュッシー自身が非常に傷つきやすい人だったのではないかと思います。森や海などはそれ自体が私たちの心を穏やかにし、癒してくれる存在ですが、ドビュッシーのフィルターを通して作られた音楽は、彼の繊細な心ゆえにより一層癒しの効果を高めてくれるのではないでしょうか。また、ドビュッシーは若い頃から文壇とも親しく音楽以外の芸術にも精通しており、そういった様々なものが彼の中で熟成されて、天才的な聴覚と合わさり、素晴らしい音楽が生まれたのだと思います。
「音色を豊かにするにはどうしたらいいのか」という質問をよく受けます。もちろんテクニック的な事はその都度お教えしますし、色々な教本もあります。テクニックは一朝一夕で身になるものではありませんが、それと同じかそれ以上に、聴覚を鍛えたり、感性を磨くには時間がかかります。聴こえるようにならないと、弾きたい音のイメージが沸かないし、弾きたい音のイメージは感性を磨かないと作れません。
感性を磨くと言っても、色々あるとは思いますが、私は普段の生活での中にも様々なヒントがあると思います。ドビュッシーのモチーフはそれまでの作曲家に比べると非常に日常的であり身近なものが多いです。その一部は私達も出会うものですから、アンテナを多方向に向けていることが大事でしょう。そのような日常での積み重ねが、演奏家の音楽を豊かにしてくれると思うのです。
今年はドビュッシー生誕150年ということもあり、私も1月5日のリサイタルで多くの曲を弾かせていただきましたし、これからも公開講座やソロ、デュオ、四重奏などがあります。その中には、小学生でも弾けるけれど、音作りが大人でも非常に難しい曲もあります。私は音を組み立てる時に、左手の音域、低音域を熟考して作るのが好きで、そのことにより倍音、響きが変化し、曲全体の趣が変わってきます。実際に演奏会にいらしてくださる機会がありましたら、左手の使い方を研究していただければ嬉しく思います。私も日々色々なヒントを得ながら、同じ曲に様々な発見をします。ドビュッシーの音楽の何万分の1でもいいのでその真髄を表現できるように、勉強していきたいと思っております。
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